2024/04/14(日)Sちゃん

家を出る30分前に目が覚めて慌てて飛び起きた。学生時代の友人Sちゃんと3年ぶりに会う日だ。急いで家を出て鍵を閉めたところで日差しの強さに気づいた。日傘、と思ったけれど取りに戻る余裕はなかった。

 

Sちゃんは大学の専攻が同じだった。最後に会ったのは2021年春、大学の卒業式。それから3年間、コロナの流行でなかなか会うことができなかった。年に一度くらい連絡を取って、また会いたいね、いつか会おうねと言い合って、ようやく今日会える。

 

待ち合わせの駅の改札を出て、あまりにも人が多いから電話をかけた。呼び出し音が止んで、もしもし、と言おうと口を開いたところで視界の端に手を振っているSちゃんの姿が見えた。

 

再会を喜びあって、近況を話しながら予約していたフレンチへ向かう。お互いの仕事も知らずに今日を迎えていたから、話題がいくらでもある気がした。

 

初めて食べたガレットはハムとチーズと卵が乗っていて、柔らかい生地のビスマルクピザのようだった。山盛りのサラダをうまくすくえなくて、サラダの上に乗ったクルトンを2人でぽろぽろとこぼしてケラケラと笑った。気取らず何でも笑い合えるのが嬉しい。

 

ランチの後は近くの公園まで桜を見に歩いた。公園内の桜はどれも散り始めていて、風が吹くと空からはらはらと花びらが落ちてくる。桜は満開もいいけれど散り際も美しいと知った。

 

ずいぶん歩いて引き返したところで、空からではなく進行方向からこちらめがけて桜吹雪が降ってきた。丘の上から吹き降りる風による、横殴りの桜吹雪。太陽の光のなか降りそそぐ花びらたちが美しくて、それをSちゃんの隣で見ていられる時間が尊くて、この時間以上に人生に必要なものなんてないと思った。

 

そしてその思いを口に出した方がいい気がしたけれど照れがあり、変換されて「死ぬ時に思い出しそう」と言った。死ぬ時までずっと大事に覚えていたかった。

 

突然死ぬ時の話をしだした私にSちゃんは笑いながらそんなこと言わないでと言った後、「あの時の桜…綺麗じゃったのう」とお婆さんになりきってくれる。

 

それから名前のわからないもさもさした花や低木にひっかかったバドミントンの羽、銀杏の若葉を見たりしてから、疲れた足を休めにファミレスへ入った。Sちゃんがドリンクバーへ立つ時に窓の外へ目をやると日差しが明るく大通りは人で溢れていて、世界は全く平和じゃないのにまるで平和であるように見えるのが恐ろしい。

 

水分をたくさん取ってお腹がいっぱいになったので解散することにした。駅の改札の先で別れ、1人ホームに降りる。風で煽られた前髪に手をやると、指先から小銭の匂いがする。1人でいる時は電子マネーばかり使ってしまうから、その匂いに人と会っていた実感が沸く。

 

3年前の卒業式の日、大学の門をくぐって一番初めに会ったのはSちゃんだった。私を見つけて名前を呼んでくれて、はっと目をやるとSちゃんがいた。袴を着た彼女の姿が綺麗でふと涙が出た。

 

大学4年へ上がる直前にコロナが流行り始めた。新卒採用の説明会が次々と延期され、大学へ入構することも出来なくなった。ゼミの仲間と顔を合わせることなく卒論を提出した。

 

卒論を書き切ることに精一杯で、提出後ぼんやりしているうちに気づけば卒業式の日になった。袴を着るのが面倒だから、数年前に買って形の古くなっていたワンピースを着てのんびりと大学へ向かった。行けばきっと会いたい人には会えるだろうと、事前に誰にも連絡しなかった。

 

大学は卒業してそれきりの場所ではない。いつだって戻って来れるし、これからも勉強し続けなければならない。卒業は一つの区切りなだけだ。涙脆い方だけれど、卒業式で大きな感動はない気がしていた。

 

だからSちゃんに会って感情が込み上げるより先に目から涙がこぼれて驚いた。自分の涙に慌てているうちにSちゃんも涙しだすから、そこで胸がいっぱいになる。

 

当時はSちゃんの卒業を祝って出た涙だと思っていた。同級生でありつつも年下のSちゃんは可愛く愛おしい存在で、私たちの卒業ではなく彼女の卒業を祝う気持ちが確かにあった。今こうして振り返ってみると、Sちゃんという友人の存在そのものへの喜びで出た涙でもあったのだなと思う。彼女の存在に救われていたし、今も救われている。

 

お互いが撮ったガレットや桜吹雪の写真を送りあって、また会おうね、ありがとうね、とメッセージを送り合ううちに最寄駅へ着いた。

 

スーパーで夕飯と明日食べるパンや米を買った。レジ横でグミが特売の空気を醸し出していたので手に取りかけたけれど200円するタイプのグミだったので買うのをやめた。食べたいものは多少高くても買ってしまうけど、なんだか200円のグミはたまにしか買えない。

 

家に着いてシャワーを浴びて、最近買った日記を読んで過ごした。

 

Sちゃんはいつも夜22時に寝て朝は6時に起きるという。3時に寝て10時に起きる私とは大違いだ。22時と言わずとも23時くらいには寝ようと思っていたのに気がつけば夜も更けて、もう2時になってしまった。日記も2000字を超えたので、推敲もそこそこに寝た。

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4/13(土)に三鷹の書店UNITÉで開催された、古賀及子さんと藤岡みなみさんのトークイベントを聞いた。対談の中で「日常に対する照れくささ」の話があり、桜吹雪の中Sちゃんへの言葉が詰まったのは照れだ…と気付く。イベントを聞いていなかったら、照れを照れと認められなかったかもしれない。