2024/04/18(木)毛深い腕と憂鬱

会社から帰る電車の中で、自分の体毛に思いを巡らせていた。いま、肘のあたりに毛の境目がある。肩から肘はふさふさで、肘から手首はつるつるとまではいかないが毛の剃られた状態だ。

 

体毛をあまり剃らずに生きている。単に面倒臭すぎるし、肌が傷つくのも嫌だし、自然に生えてくる毛をなんでわざわざ剃らなきゃならないんだと思う。

 

近頃は電車に乗っていてもスマホを触っていても脱毛の広告が盛んで、毛を剃らないぞという思いはより強固なものになった。毛深い腕で花柄のワンピースを着て平然と歩いてやる。体毛を剃らなくて何が悪いと世の中に向かって密かに訴える。

 

とはいえ剃りたい気持ちが生まれる時もあるのでたまに剃る。先日7部丈のぴたっとしたカットソーを着たらふさふさの腕がやけに気になって、面倒だなと思いながら肌が露出する部分だけを剃った。それで肘に境目ができた。

 

着る服によっては剃りたくなる日がある。ただ剃りたくなったからといって必ず剃る訳ではない。今回はたまたま剃ったけれど、剃りたい気持ちよりも剃らないことを肯定したい気持ちの方が大きくて、ふさふさのままにしておく日も多い。

 

世の中の脱毛ブームに抗うように毛を生やしている。(たまに剃るけれど。)ふと、日々自分のネガティブな気持ちが強いのも同じような理由からだと気づく。

 

怒らず落ち込まず、明るく振る舞うことこそが素晴らしいのだという風潮を感じることがある。長いものに巻かれてしたり顔でいること、抵抗しないことを評価する空気がある。そこに抗っていきたい。

 

ネガティブな感情をないものとしたくなくて、日々の楽しみよりも憂鬱さに焦点をあてて過ごすことが多い。不安や怒りを見過ごさず、そこに潜む信念を忘れず生きていく。

 

最寄駅に着いてスーパーに寄る。冷蔵庫に消費期限が昨日までの肉があるからそれを使ってしまいたくて野菜やらを買った。家に着き、薄々予感はしていたけれど疲れて何も食べたくない。

 

家を出るのが面倒な日を案じて少量の豚こまを2パック買っておくことがたまにある。ただ2パック目をちゃんと使った記憶があまりなくて、もう肉をストックするのはやめようと思った。

 

久しぶりに出社したので眠い。無理はしないことにして、ご飯は食べずに寝た。