2024/03/31(日)本棚は光り続ける

12時過ぎに目が覚めた。どうやら今日は暖かいらしく、SNSで沢山の人が春だ春だと言っている。日に照らされたカーテンに街路樹の影がうつるのをぼんやり眺めた。

 

しばらくして昨日買っておいた焼き鮭を食べようと体を起こす。部屋の中はひんやりしているけれど、確かに春どころか初夏の匂いがする。

 

そんなに天気がいいのなら外へ出てみようかという気持ちもありつつも、休日は電車も街も人でいっぱいだろうと想像するとそれだけで気が引ける。ぼさぼさの髪のままソファーに体を倒した。

 

生産性のある行為をしたい気持ちとだらだらしたい気持ちが一瞬せめぎあって、すぐに「だらだらすることこそ人生の意義だ」と思い直す。気づけばそのまま寝ていて、アレルギー性の鼻炎で息が苦しくなって目が覚めた。17時を回っていたので夕飯にした。

 

最近は食べたいものが何も思いつかないから味噌汁を食べるようにしている。味噌汁には何を入れてもよい感じがして気が楽だ。いつも冷蔵庫にある野菜をてきとうに入れる。

 

今日の具はキャベツと卵。味噌汁は沸騰させないほうが良いらしいけれど、ぐつぐつと煮込んだ味噌汁が好きなので気にせず沸騰させてしまう。出汁入りでない味噌を入れて煮立たせると、麹と塩の味がよくわかる。味気ないといえばそうなのだけれど、その味気なさが食べやすい。

 

夜になってようやく外へ出てみようかという気持ちになった。隣町の本屋まで行って、ケーキを買って帰ろう。身軽にしたくて、財布とスマホをポケットに入れて鞄を持たずに家を出た。

 

駅のホームへ着くと電車を待つ人は視界に一人しかいなくて、ひとけのなさに安心する。夜間勤務の仕事に転職した方がいいんじゃないかと思うくらい、もう昼に外へ出たくない気がする。最近は夜の3時とか4時まで起きてしまうし。

 

夜勤は夜勤で大変なのにそんなことをぼうっと考えた。そのうち電車がきて、ぴかぴかと光る車内へ乗り込んだ。

 

電車を降りてまた夜空の下へ出ると、程よく涼しい風が吹いている。心地よくて、なんだか満たされた気持ちになった。

 

久しぶりに気分が落ち込まない土日だった。もうこれ以上何も考えたりしたくない。辛い思いもしたくない。こうやって心地よいうちに人生が終わればいいのにと、死にたい訳ではないけれどそう思った。

 

生きるのは苦しく、こうやって清々しい時間ばかりじゃない。どんなに苦しくても生活は続けていかなきゃならない。救われない思いと一緒に生きていくしかないんだという諦めがある。商業ビルに足を踏み入れてエスカレーターで上へと上がると、夜風を浴びて清々しい気持ちから一瞬で現実に引き戻されていく。

 

本屋の中は打って変わって明るく、暖房が効いていて少し暑い。ここへは仕事関係の本を買いにくることが多くて、文芸の本がどこに置いてあるのかぴんとこない。検索機で目当ての2冊の売り場を調べた。

 

本棚を眺めながら目当ての本を探して歩く。背表紙を目で追うだけで、一冊一冊に詰められた生きる喜びがつぎつぎに嫌というほど脳内に入ってくる。うんざりした。こんな嫌な世の中でも前を向いて生きていかねばならないのか。

 

背表紙たちは煌々と光る。オレンジ色のあたたかな光でもおしゃれな間接照明の光でもない、ただ真っ白な光。それは天井のLEDからだけでなく、本棚からも漏れ出ている。

 

学ぶべきことがいっぱいある。生きる豊かさに目を向けて、勉強し続けなければならない。うんざりだ。そう、うんざりしながら生きていかねばならない。30年近く生きてきてそんなことは十分に分かっているけれど、時々怯んでしまう。

 

私の怯えをものともせずにやはり本棚は光り続けるから、鬱々とした気持ちもついに音を上げた。分かっています、いじけてる暇なんてないんですよね。

 

欲しかった本はどちらも明日発売で、1冊は買えたがもう1冊はまだ未入荷だった。

 

本屋を出てからケーキ屋へ向かう。ロールケーキを買うつもりだったけれどもう売り切れていて、フルーツがたくさんのったのとショートケーキを1つずつ買った。

 

右手にケーキ、左手に本を持って家まで歩く。商店街を歩くと肉と甘いたれの匂いがする。1,2年前に潰れてしまった、学生時代のバイト先の居酒屋を思い出した。ここ数年で沢山の良い店がなくなってしまった。

 

車が走る大きな通りに出た。暗い道に輝く信号と追い越し禁止の標識を眺めていると、明日からの仕事を投げ出してこのままどこかへ行ってしまいたくなる。でもだめだ、明日は新人さんの仕事を手伝うことになっているんだと現実に引き戻されて、仕事の不満を考え続けるうちに家へ着いた。

 

手を洗ってお湯を沸かし、ケーキを皿に出す。マグカップに紅茶のティーバッグとお湯を注いで3分ほど待つ間、フィルムについた生クリームを舐める。おいしくってつい笑ってしまう。

 

買った本を読んで、日記を書いて、ケーキを食べきった。それからはまた相変わらずだらだらと過ごして、日が昇ってから眠った。